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巻頭言

 今月2月は「主の奉献」という祝日です。降誕節から40日目に祝われるこの祝日は、中世から「聖マリアの祝日」と呼ばれて聖母の祝日の一つとされて来ましたが、第二バチカン公会議後の見直しによって古代からの伝統が復興されて、「主の奉献」と名前が改められて「主の祝日」の一つとなりました。「主の祝日」は主日に優先されて祝われます。イエス・キリストご自身の祝日は主日に祝われるに相応しいからです。先月の12日の主の洗礼の祝日をもって降誕節は終わりますが、主の奉献のこの祝日は、降誕節中であるかのようで、元々聖マリアの祝日であったことを思い起こさせます。

「神はこの独り子を与えるほど、この世を愛した。」(ヨハネによる福音3:16)

 神の人間に対する限りない愛、人間の神に対する限りない愛と感謝、この二つが自分の一番大切なものを捧げるという形で表現された出来事が「主の奉献」ということになります。私たちは神にどのように応えているのかと考えさせられる日でもあります。神と語り合うための祈る時間をつくる。「祈らないと、干からびてくる。」と、昨年、宗教の先生に言われました。生徒(子ども)が花瓶を割ったとき、咄嗟に、「体、大丈夫?」と言えるかしら。「神様はこわくない。」を、祈りで、「神様はやさしい。」と感じさせることがあって、神の内にあって私たちは喜ぶことができるのでしょう。相手の立場に近づく、自我を捨てる。希望の最たるものは世界の平和です。これ以上、苦しむ人が増えることがありませんように。希望をもって、将来を見ることができますように。