カトリック菊名教会

巻頭言

叙唱を味わう(7)福者ペトロ岐部司祭と187殉教者

 7月1日は「福者ペトロ岐部司祭と187殉教者」の記念日にあたっています。冊子「毎日のミサ」の解説の引用は次の通りです。「きょう記念する188人の殉教者は、江戸時代初期の1603年から1639年に日本各地で殉教した人々である。その出身地は新潟・東京・京都・大阪・広島・福岡・長崎・大分・鹿児島の9教区におよんでいる。188人のうち、司祭は4人、修道者は1人で、他の183人は男女の信徒であった。これらの信徒は、武士・農民・漁師・伝道師などさまざまな社会的立場の人々であり、家族で殉教した人々も含まれている。キリストの福音を勇気をもってあかしした188人は、2008年11月24日に長崎で列福された。」

 叙唱の前文に続く本文。「福者ペトロ岐部司祭と187人の殉教者はあなたの恵みに強められ、いのちをささげて御子キリストをあかししました。弱い人間の中にあなたの偉大な力が示され、十字架の道を行く者の中に、人の知恵をはるかに越えるあなたの愛が輝き出ます。」以下後文は省略。

 400年ほど前、私たちのこの国でキリストの福音をいのちをかけて証した大勢のキリスト信者たちがいました7月1日に想起される188人は殉教者のほんの一部にすぎません。今でこそ「信教の自由」が憲法で保障されていますが、当時は権力を握る者の意思がすべてでした。今日でも無神論国家や共産主義の独裁国家では「信教の自由」など認められていません。何を自分(たち)の一度の人生の究極の目標とするか。目先のことではなく「永遠に変わらない何か」――これをキリストに見出して信じた人々(私たちのことでもあるのです)が日本の歴史上にもいたのです。彼らは、どんな脅しや暴力にも屈せず自由をもってつかんだことを手放しませんでした。「神を愛し、隣人を愛すること」――彼らが殉教をもって証したこのことは、今日の私たちが生きている社会を支える基本的な価値観となっています。「人権、人間の尊厳、差別意識の否定、福祉や医療・介護など」誰もが大切にしている価値観の源泉は、彼らが信じたキリストの福音にあるのです。

 「弱い人間の中にあなたの偉大な力が示され、十字架の道を行く者の中に、人の知恵をはるかに越えるあなたの愛が輝き出ます。」軍事力・経済力・だまして当たり前という悪しき考え方が闊歩する今日、キリストに従う私たちも先人の信仰者たちに大いにあやかりたいものです。