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巻頭言

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノアツサニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決ジテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭
小サナ萱ブキ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

皆さんも、宮澤賢治のこの有名な詩をご存じのことと思います。この詩は、賢治の死後発見された手帳に書かれていたもので、賢治が病気で倒れ、その療養中、亡くなる二年ほど前に書かれたものだと言われています。
中学一年の時、国語の授業で、初めてこの詩に出会ったわたしは、正直とまどいました。「東ニ病気ノコドモアレバ・・・・・・西ニツカレタ母アレバ・・・・・・」のあたりはわかるとしても、何故「ミンナニデクノボートヨバレ」たいのか、何故「ホメラレモセズ」と望まなければならないのか、まったく理解できなかったのです。
しかし今、大人になって、再び読み返してみると、この詩には、どこかキリストの生き方に通じるものがあるような気がしてなりません。もちろん、賢治はキリスト教徒ではなく、仏教(法華経)徒だったのですが、清貧をよしとし、自分より他者を大切に生きるという考え方は、多分にキリストの教えに重なるところがあるように思います。とはいえ、実際にこのように生きることは、決して簡単なことではありません。賢治の弟である宮澤清六も、この詩は賢治の「祈り」であると語ったそうです。

ところで、四旬節を迎えた今、わたし達も自分自身の在り方を見つめ直さなければならない時期に来ています。奇しくも今、世界中がコロナ禍にあり、【新しい生活様式】への変革が叫ばれています。今までのような物質至上主義や大量消費の価値観では、もはや生きて行けないということです。この困難な時期にこそ、一人ひとりが他者を思いやり、助けあう。そして、今ある惠みに心から感謝をする、そういったことが一番大切なのではないでしょうか?