カトリック菊名教会 巻頭言 叙唱を味わう(3) 3月に入りました。今年の復活祭(4月5日)に向けての長い準備が始まります。さっそく2月18日は「灰の水曜日」で、これをもって2026年度の四旬節がはじまりました。「灰」をかぶるとはユダヤ教の宗教的伝統で、神の前で自分はちりあくたでしかないという深い自覚を演出する行(ぎょう)でした。それがキリスト教にも継承され、額に灰を受けながら自己肥大化という妄想をやめ、人間としての原点に返る「回心」の意思表明のしるしとなりました。今回は「灰の水曜日のミサ」の叙唱を取り上げてみましょう。『(聖なる父よ)、あなたは信じる民の回心を望み、この恵みの時をお定めになり、過行くこの世にあるわたしたちが心のおごりを捨て、永遠に変わることのないものを求めるよう導かれます。』 ここには私たちのキリスト信仰の神髄がみごとに凝縮されています。四旬節の基本スローガンである「回心」の目的は、第一に「過行くこの世にあるわたしたちが心のおごりを捨てること」。第二に「永遠に変わることのないものを求めること」です。 第一。移り変わるこの世に日々生きなければならないのが私たちの現実です。でもその現実がいつの間にか「心のおごり(エゴイズムと傲慢)」という幻想を引き起こして私たちを引きずり込み、自分を見失なわさせ、めぐりめぐって周囲をも混乱と悲しみに巻き込んでしまうのです――「罪」と名指されるこの滅びへの現実を断ち切ること、これが「回心/立ち返り」です。 第二。こうした回心によってこそ、私たちは心の自由を得て「永遠に変わることのないものを求める」人間本来の素直な姿に立ち返ることができるのです。求めてやまない「平和/やすらぎ」は、各自がおごりを捨て、いっしょになって変わらないものを求めてこそ達成されていくのではないでしょうか。 今日の、人類社会を脅かす独裁者たちの言動は「反面教師」として、この叙唱に歌われている大事なことを私たちに鮮明に教えていませんか。